家族で考える相続(上) 故⼈預⾦の使途は明⽰を

休⽇の昼下がり、筧家のダイニングルームへ、近所に住んでいる良男の⺟、富⼦がやってきました。「相続について、幸⼦さんにちょっと教えてもらいたいことがあるの」と話し始めます。良男はとても不思議そうな顔をしています。

良男 いったいどうしたんだい︖ ⽗さんが亡くなってからもう7年もたつし、遺産は問題なく分けられたじゃないの。

富⼦ 私もあと何年⽣きるかわからないし、今のうちによく考えておきたいのよ。私が死んでから、お前たちきょうだいがもめるのは嫌なの。

良男   俺と姉さんがもめるわけないよ。

幸⼦ あなたとお姉さんは⼤丈夫だと思うけれど、相続について⽣前にきちんと準備していなかったために、もめるケースは少なくないのよ。全国の家庭裁判所で、遺産分割について調停や審判を申し⽴てた件数は2000年代以降急増して、2021年も合計1万5000件以上と⾼⽔準を保っているわ。相続のやり⽅や注意点をよく知って準備するのは⼤切なことよ。

富⼦ そうよね。やっぱり幸⼦さんのほうが頼りになるわ。

良男 うぐぐ。お⾦については幸⼦の⽅が頼りになるのは否定できないけれど。たしか、遺⾔書がない場合は相続⼈が話し合って遺産を分けるんだよね。

幸⼦ 基本はそうね。ただし、遺⾔がないときに誰がどれだけ遺産を相続するかは、⺠法で原則を定めているの。対象となる⼈は法定相続⼈と呼ばれ、順位が決まっている。法的な婚姻関係にある配偶者は必ず対象になる。⼦は「第1順位」になり、複数の⼦がいれば分け合うことになる。⼦が相続前に亡くなっていたら孫が相続する。これを「代襲」といい、孫もいないときはひ孫が再代襲できる。

良男 ⺟さんの場合は俺と姉さんの2⼈が第1順位か。⼦や孫がいない場合は︖

幸⼦ 亡くなった被相続⼈の直系尊属である親が第2順位として相続するの。親がいなければ祖⽗⺟、祖⽗⺟がいなければ曽祖⽗⺟が相続⼈。さらに第1、第2順位がともにいないときは第3順位の兄弟姉妹が相続する。兄弟姉妹がいない場合は、おい・めいまで代襲できるわ。

富⼦   良男は元気。私の兄弟は法定相続⼈にならないのね。

幸⼦ 配偶者は離婚すれば相続の権利がなくなるけれど、⼦は持ち続ける。結婚していない相⼿との間に⽣まれた⾮嫡出⼦も認知されていれば嫡出⼦と同じ権利があるわ。また、結婚相⼿に⾃分と⾎のつながらない⼦がいた場合も、養⼦縁組をすればその⼦は相続⼈になる。

富⼦   遺産を分ける割合は︖

幸⼦ 順位ごとに法定相続分が決まっていて、配偶者がいて⼦がいないときは配偶者が3分の2、第2順位の⽗⺟らが3分の1を均等に分ける。⽗⺟らもいないときには配偶者が4分の3、 第3順位の兄弟姉妹らが4分の1を相続する。

良男 でも、話し合いがまとまれば法定相続割合の通りでなくてもいいんだよね。

幸⼦ 被相続⼈が⽣前に遺⾔で指定できるし、相続⼈同⼠の「遺産分割協議」でも決められる。被相続⼈を在宅介護したりした⼈には「寄与分」が認められることもある。これは法定相続⼈以外も請求できるわ。反対に親から⽣前、住宅の取得資⾦など他の兄弟より多く援助してもらった場合は、「特別受益」があったとして相続分から差し引かれることもあるわ。

富⼦ 世話してくれた⼈に多くあげたいと思うのは⼈情ね。

良男 話し合いでまとまるに越したことはないね。

幸⼦ 弁護⼠法⼈サリュの代表弁護⼠、⻄村学さんによると「もめやすい相続にはパターンがある」そうよ。⼀つは「使途不明⾦」があるとき。故⼈の預⾦⼝座に多額の引き出しが何度もあったり、亡くなった後に引き出しがあったりした場合ね。同居の親族が故⼈の⽣活に必要なお⾦や葬儀費⽤を引き出したとしても、記録や使い道を証明する領収書を保存していないと、もめることになる。

良男 疑⼼暗⻤になるね。

幸⼦ 「特別受益」についても、相続分から差し引くために具体的にどれくらいの額の特別受益があったのか証拠が必要だけれど、特別受益を受けた側は証拠を出したがらない。

富⼦ 不動産があるともめやすいとも聞いたわ。⾃宅があるから、ちょっと⼼配なの。

幸⼦ たとえば相続⼈が2⼈いて、遺産は3000万円の不動産と3000万円の預貯⾦があるとします。これは1⼈が不動産、1⼈が預貯⾦を相続すれば同額になるから問題にならないんです。でも3000万円の不動産と預貯⾦が300万円だと、公平に分けるのは難しい。

富⼦ 不動産を2⼈の共有名義にすればいいんじゃないの︖

幸⼦ 共有名義にすると売却して現⾦化するのが難しくなる。さらに相続⼈が亡くなると

⼦、孫へと相続されていき、共有者がどんどん増えて収拾が付かなくなりがちなんです。

良男 遺産分割協議がまとまらなくても相続税は払わないといけないんだよね。


幸⼦ 相続税の納付期限は亡くなったことを知った⽇の翌⽇から10カ⽉以内。それまでに協議がまとまらない場合は、法定相続分の税⾦をひとまず払い、決定後に改めて申告することになる。遺⾔を残しておくことが対策の⼀つなのだけれど、まだまだ少ないのが実情ね。