2023/8/14 5:00 ⽇本経済新聞  電⼦版

筆者の両親は、都⼼から電⾞で30分ほどの郊外の⼀⼾建てに2⼈で暮らしています。しかし新型コロナウイルス禍を経て他⼈との交流が激減したせいか、⺟の認知症が⼀気に進んでしまいました。⽗は⺟の⾯倒を1⼈でみていますが85歳と⾼齢です。これまで、お客様に対して相続対策やご両親の判断能⼒低下に備えるための相談に乗ってきた筆者ですが、⾃分の家族のことは後回しになってしまい、昨年末、気がつけばとても危うい状況に追い込まれていることに気づいたのです。この問題についてどのように対処したのか、筆者の体験を今回から2回に分けて紹介したいと思います。

介護施設の⼊所資⾦に実家を売却する必要

⺟の物忘れの始まりは今から10年ほど前だったような気がしますが、コロナ禍で⼀気にその症状が進⾏しました。2022年春ごろ、⺟が徘徊(はいかい)するという事件が起きたことから、病院に連れていったところ認知症がかなり進んでいると診断され、要介護認定を受けることになりました。こうなると、⽗が1⼈で⾯倒を⾒ることができるのか、⽗が病で倒れたらどうなるのか、⽗が亡くなったらどうなるのか、など様々な不安が頭をよぎります。筆者と実弟が最も不安になったことは、⽗が亡くなったらどうなるかということでした。⽗の財産は、実家の⼟地建物と多少の⾦融資産しかありません。もし⽗が亡くなった場合、法定相続通りに遺産を分割することになれば、財産の⼤半を占める実家の⼟地建物は、⺟が半分、残りは筆者と実弟が4分の1ずつ相続することになります。⺟は1⼈で暮らせないの で、我々兄弟が⾯倒を⾒ることができればよいのですが、仕事を考えると現実的ではなく、介護施設への⼊所を考えるしかありません。

施設⼊所を選択する場合、⽗が残した⾦融資産ではとても⾜りず、実家売却を考えることになります。しかし、認知症の⺟は不動産売買契約などの法律⾏為を⾃ら⾏うことは難しく、法定後⾒制度を利⽤せざるを得ません。法定後⾒制度を利⽤して⾃宅を売却する場合、裁判所の許可が必要となりますが、簡単には許可されないケースが多いといわれているのです。

⼦が相続する遺⾔書だけでは⾜りない

そこで、⽗がもし他界したら実家と預⾦を筆者と弟に相続させるという内容の遺⾔書を⽗に書いてもらうことにしました。そうすれば、万が⼀のことがあっても、我々兄弟が⺟のために実家を売却し、施設⼊所の資⾦とすることができるわけです。

しかし、もし⽗も認知症になってしまい、判断能⼒が⼤きく低下した場合はどうなるのでしょうか︖ こうなってしまうと、私たち兄弟が資⾦を出して両親を施設に⼊所させることになり、実家は両親の存命中は売却できずそのまま放置することになりかねません。

任意後⾒制度を選択

⽗が認知症になった場合の備えとして取りうる⼿⽴てとしては、まず、今のうちに実家の所有権を⼦である私たち兄弟に移しておく⼿段があります。基本的に累計2500万円までの贈与は贈与税がかからない相続時精算課税制度で、実家を⽗から私たち兄弟に贈与してもらうのが⼀案。もう⼀案は、実家の所有名義を私たち兄弟(受託者)に移転して、親が委託者兼受益者として家に住み続ける⺠事信託を利⽤することです。⺠事信託での所有権移転であれば贈与税はかかりません。どちらの案も⽗の死亡時に相続税は課税対象となります。

しかし、⽗が簡単に納得するとはとても思えなかったことから、任意後⾒制度を検討することにしました。任意後⾒制度とは、⽗が健常なうちに、将来、判断能⼒(事理弁識能⼒)が低下した後の財産管理等に関する事務について、⽗が選任した後⾒⼈に代理権を付与し、その処理を委託するというものです。契約は公正証書で作成する必要があり、本事案では実弟を後⾒⼈としました。この契約を締結すれば、⽗の判断能⼒が⼤きく低下した際、裁判所に申し⽴てをして任意後⾒監督⼈が選任されれば、⽗⺟の施設⼊所などのために、弟が⽗の代わりに実家を売却し資⾦調達することが可能となります。

⼀番の課題は親の説得これらの⼿続きは、さほど難しいものではなく、遺⾔や任意後⾒に詳しい司法書⼠や弁護⼠に相談すれば対応してくれます。しかし、本当の問題は⼿続きそのものではなく、親にいかに理解してもらうかなのです。次回はそうした課題と実体験、反省点についてまとめたいと思います。

住宅購入で無理のない資金計画を立てる事は、将来の暮らしを変えるポイントとなるので、わからない事などあった際には、是非ご相談ください。

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