埼⽟県在住の男性会社員Aさん(57)は現在、家の相続を巡ってきょうだいと対⽴している。同居していた⺟が2022年12⽉に亡くなり、家と約600万円の預⾦が残された。相続⼈はAさん、妹、弟の3⼈。預⾦は3分の1ずつ分けることで合意したが、妹と弟は家を売って代⾦を分けるよう求めてきた。
3年前に⽗が他界した際は⺟が預⾦すべてを相続した。⽗名義だった家はきょうだいが共有で引き継ぎ、持ち分はAさんが2分の1、妹と弟が4分の1ずつとなっている。今回の協議で妹と弟は持ち分を現⾦化することを望み、実家に住み続けるつもりのAさんは売却に同意できない。「どう対応すればいいのか」と困惑する。
国税庁によると、21年に相続税の申告があった財産のうち「⼟地・家屋」が38.3%を占め、「現⾦・預貯⾦」(34%)、「有価証券」(16.4%)と続く。家屋などの不動産は現預⾦や有価証券と違って分けるのが難しいため、ひとまず共有で引き継ぐ例は少なくない。
しかし相続の専⾨家の間では「実家を共有で相続するとトラブルの原因になりやすい」(司法書⼠の船橋幹男⽒)との⾒⽅が多い。Aさんのように将来の⼆次相続などで持ち分の現⾦化を巡って対⽴する可能性がある。また家の売却だけでなく、貸したり建て替えたりする際も共有者の合意を得る必要があり⼿間や時間がかかる。共有者の間で意⾒が対⽴すれば、関係悪化につながる懸念もある。
こうしたリスクを避けるには「実家の共有を早めに解消することが⼤切」と船橋⽒は助⾔する。共有を解消する⽅法としては、持ち分に応じて物理的に分ける「現物分割」、共有物を取得する⼈が他の共有者に代償⾦を渡す「代償分割」、売却して代⾦を分ける「換価分割」の3つがある。
ただしいずれの⽅法も注意点がある。家屋の現物分割は物件が複数あるなら可能だが、⼀つだけなら物理的に分けることは困難。代償分割をするには物件を取得する⼈が⼀定の資⾦を⽤意することが必要 で、さらに代償⾦の額を巡ってもめる可能性がある。換価分割は家に住み続ける⼈がいる場合は難し い。売却価格や時期で対⽴することもある。
どの⽅法で共有を解消するかは共有物や共有者の状況などでケース・バイ・ケースだ。共有者の間で協議が難航するなら、訴訟が選択肢になる。裁判所に共有解消の判断を求める訴訟を「共有物分割請求訴訟」という。知っておきたいのは23年4⽉に施⾏した改正⺠法で、分割請求訴訟の⼿順などがより明確になったことだ。
まず従来は⺠法で規定がなかった代償分割を明⽂化。共有物の分割⽅法として代償分割が現物分割、換価分割とともに可能であることを⽰した。そのうえで裁判で審理をする際の検討順序を定めた。最初に現物分割や代償分割ができるかどうかを探る。現物で分けると価値が著しく減少する恐れがあったり、取得者に代償⾦を⽀払う能⼒がなかったりするなどして、いずれも実施できない場合に換価分割を検討するとした。
これまでも裁判所が分割請求訴訟で代償分割の判決を出すことはあったが、判例を根拠としており、⽅法の検討順序も⼀般には分かりにくかった。条⽂で明確に規定することで「弁護⼠など専⾨家以外の⼈でも、どんな審理を経て判決が出るのかが分かるようになる」と法務省では話す。
政府は親の家を共有状態にしたまま⼦が死亡し、孫に代替わりするなどで協議がまとまりにくくなることを懸念する。協議が⻑引くと⽼朽化した家が放置され、将来的に所有者不明⼟地になりかねないためだ。改正⺠法を受けて、当事者が共有解消に向けて裁判を利⽤する⼼理的なハードルが下がる可能性はありそうだ。
ただ共有物分割請求訴訟で当事者は判決に従わなければならない。換価分割になると、実家を第三者に売却するため競売を求められる。競売では物件の売却価格が市場価値を⼤きく下回り、当初想定していた⾦額を得られないことも少なくない。また判決が当事者全員にとって納得できる内容になるとは限らず、感情的なしこりが残る場合もある。
訴訟になる前に相続⼈の間で協議を重ね、折り合える点がないかどうかを探ることが⼤切だ。改正⺠法で定められた⼿順のように現物分割や代償分割をまず考え、難しければ換価分割を検討するのが⼀案になる。