退職金を毎年110万円ずつせっせと娘の口座に振り込んだAさん。しかし、Aさんの死後、実家に税務調査が入り、娘は多額の追徴税を課されてしまったのでした。毎年110万円以内の贈与は原則非課税のはずが、なぜ……多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が、具体的な事例をもとに、生前贈与が否認されないためのポイントを解説します。

生真面目な元消防署長Aさんの“唯一の弱点”

Aさんは高校を卒業後、地元の消防署に就職。実直で真面目な性格だったAさんは消防署長を務め、60歳のときに定年で引退しました。

休日もあまり遊ぶことなく、自分にも周りにも厳しいストイックなAさんでしたが、唯一の“弱点”がありました。それは、Aさんが40歳、妻のBさんが35歳のころに産まれたひとり娘のCさんです。

A夫妻は、Aさんが30歳、Bさんが25歳のころに結婚。結婚当時から子どもを望んでいたものの、不妊治療も効果が出ず、長いあいだ苦しんでいたそうです。「もう無理かも」と諦めかけていたときに授かったのがCさんでした。こうした経緯もあり、AさんはCさんを溺愛していたといいます。

そんな箱入り娘のCさんは、短大を卒業してから定職に就かず、ずっと実家に住んでいました。またパートナーもおらずいつも家にいたこともあり、A夫妻は「自分たちがいなくなったあと、Cは大丈夫なのだろうか? 1人で生活していけるのか」と心配していました。

ある日、Aさんが親戚とそんな話をしていたところ、親族の1人から「そんなに娘が心配なら、生前贈与するのはどう? 年間110万円以内なら贈与税もかからないし」と聞きました。「ただし、娘さんに黙って口座を作ると『名義預金』扱いになっちゃうから、やるときはしっかりCちゃんに知らせるんだよ」

助言を受けたAさんは、早速生前贈与を行うことにしました。Cさんに口座を開設させ、退職金の2,500万円を毎年110万円ずつ振り込みます。このとき、Aさんは65歳、娘のCさんは25歳でした。

Cさんには、親族の助言どおり、「これは生前贈与だから。Cが無駄遣いしないように、通帳はパパが預かっておくからね。私が死んだらお前のものだよ」と伝えてありました。娘のCさんもきちんとその言いつけを守り、通帳は親のAさんに預けたまま、一切触ることなく過ごしていました。

それから21年後、Aさんは86歳で逝去。遺言書に通帳の場所等が記されていたため、Cさんは2,310万円が入った自分名義の通帳を、遺言書のとおり受け取りました。

Aさんの死後、家族の身にふりかかった「まさかの事態」

Aさんが亡くなってから2年ほど経ったある日のこと。83歳になった妻Bさんと48歳のCさんが住む実家に、税務署から連絡がありました。聞けば、「相続税調査を行いたい」といいます。

わけがわからぬまま、BさんとCさんは税務調査を受けることに。その結果、調査官に「この2,310万円の預金は、生前贈与とは認められませんね」と言われてしまったのです。

Cさんはすかさず「これはパパが長い時間をかけて贈与してくれたお金で、贈与税とかがかからないように100なんまん円? とかに収めてくれていたと思います! 遺言書にも、パパが生前贈与したよってことと、通帳の場所がちゃんと書いてあるじゃないですか!」と反論しました。

しかし、調査官は鼻で笑うように「ダメダメ、それはダメだ(笑) 贈与していた通帳、ずっとお父さんが管理してたってことでしょう? それだと、生前贈与として認められないんですよ」と言い放ちました。

結局、Aさんが長いあいだせっせと贈与した2,310万円に対し、加算税を含め約400万円の追徴税が課されることとなったのです。

では、いったいなぜAさんの贈与は認められなかったのでしょうか?

生前贈与の成立に欠かせないポイント

生前贈与のお金は「受け取った側」が管理する必要がある贈与は、「あげます」「もらいます」という両者の合意が必要です。この点はAさんと娘もできていたのですが、贈与は受贈者(=お金を受け取った人)がそのお金を自分の責任で管理し、いつでも自分の意思でお金を引き出せるようにしなければなりません。

今回の場合、遺言書の内容から、贈与したお金を親のAさんが管理しており、Cさんは贈与されたお金を自由に使える状態になかったことが明らかでした。

さらに、贈与の意思があるという両者の合意も「口約束」であり、贈与契約書など客観的に証明できるものは存在しません。そのような理由から、贈与が認められなかったようでした。

日本で行われている税務調査の実態

国税庁より公表された資料によると、最新の2022事務年度(令和4年7月~令和5年6月)の相続税の実地調査件数は8,196件(前年比129.7%)で、税務調査率は5.4%でした。

2020事務年度以降、新型コロナウイルス流行の影響で税務調査の件数は大幅に減少していましたが、コロナが以前より収束に向かっていたこともあり、前年より増加。コロナ前の相続税の税務調査率(約12%)までには戻っていないものの、今後ますますの増加が見込まれます。

税務調査が入った場合、申告漏れを指摘される割合は約87.6%といわれています。つまり、税務調査は「入られた時点でほぼ確実に追徴税を課される」のです。

税務署は調査対象を選ぶ際、亡くなった人の銀行預金などについて事前に銀行に問い合わせ、口座の動きなどを確認しています。そして、申告漏れを指摘できそうなところを探しだし、重点的に調査を行っているのです。

生前贈与を否認されないための「3つ」の秘策

では、生前贈与について税務調査で否認されないためには、どのような対策が必要なのでしょうか。主な対策として考えられるものは下記の3つです。

1.銀行振り込みで証拠を残す

現金をそのまま贈与した場合、証拠が残りません。したがって、贈与の際には必ず「銀行振り込み」にし、贈与したという証拠を残すようにしましょう。さらに、通帳に「誰からの贈与」とメモしておけば、あとで見返した際に一目でわかります。

2.受け取った人が口座を管理する

生前贈与が認められるには、「(贈与されたお金を)受贈者が自由に使える状態になっていること」が重要です。そのため、親が管理するのではなく、受贈者が自ら通帳と印鑑を保管している必要があります。

3.贈与契約書を作成する

贈与契約は口頭でも有効です。しかし、今回のような後日の税務調査に備えるためには、「贈与契約書」を作成し、証拠を残しておくと安心です。また公証人役場で確定日付を押してもらうことにより、より信ぴょう性が高まり、非常に強力な証拠資料とすることができます。

今回の事例のように、せっかくの贈与が「生前贈与として認められない」というケースは少なくありません。

生前贈与を認めさせる重要なポイントは「贈与の実態があるかどうか」です。税務署から追及されずに済むよう、しっかりと証拠を残すようにしましょう。

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